この事例の依頼主
10代 男性
相談前の状況
高校1年生男子が、夏休みの野球部の練習中、意識を失って地元の病院に搬送され、熱中症との診断で治療を受けました。翌日、容態が悪化し、大学病院に搬送されましたが、回復しないまま死亡しました。お母さんは、「大学病院の先生から、地元の病院で処方された薬が悪かったような話を聞いた、調べてほしい」ということで相談に来られました。
解決への流れ
熱中症に対する治療は、まずは迅速なクーリングと十分な輸液です。クーリングは、その場で可能なあらゆることが適応になるとされています。問題の病院の診療録をみてみると、病院に搬入されてからクーリングが開始されるまで1時間半もかかっていました。それも、氷嚢を腋窩と鼠径部に置いているだけで、クーリングとして全く不十分なものでした。お母さんが問題にしていた薬というのは解熱剤でしたが、熱中症による高体温に、解熱剤の適応はありません。請求書を出したところ、病院からは、「クーリングには氷嚢を使うのが一般的」、「熱中症は予後の悪い病気であり最善を尽くしても死亡が回避できたとはいえない」との回答が返ってきました。訴訟では、熱中症に関する治療法を示した教科書的な文献と、多数の症例報告を提出し、実際にどのような治療が行われているのかを立証しました。また、担当医及び病院側で意見書を提出した協力医に対する尋問を行いました。その結果、クーリングの開始が遅れた過失と、氷嚢によるクーリングを3時間行って体温が低下していない時点で他のクーリング方法(蒸発法)の追加又は切り換えを行わなかった病院の責任が認められ、一審で確定しました。
拙著『小説医療裁判−ある野球少年の熱中症事件』の題材になった事件で、判決文は判例時報1853号、判例タイムズ1182号に掲載されています。熱中症に関する裁判例は学校事故としては多いのですが、医療事故としてはごく僅かです。調査段階で担当医に話を聞いたところ、「クーリング? 看護師さんがきちんとやっているはずだと思いますよ」、「氷嚢とアイスノン以外に何か方法があるんですか?」といった反応で、その意識の低さに唖然としました。まさか裁判にはならないだろうと思っていたところ、思いがけず争われ、判決までいただくことになりました。お蔭でこれから医療過誤訴訟を勉強しようという人には格好の教材ができたのではないかと思います。